東京高等裁判所 平成6年(う)288号 判決
原判決が問題として指摘する諸点を踏まえ本件捜査についてみてみるに,①まず,捜査担当者が捜索差押許可状に係る被疑事実を明らかにしないことについては,当審における事実取調べの結果によると,本件捜索差押許可状に係る被疑事実(以下「本件被疑事実」という。)は,「被疑者(被告人)は,みだりに,平成5年5月23日ころ,神奈川県H市K方において,ビニール袋入り覚せい剤1袋約0.2グラムを所持した。」というものであるところ,原審の審理で捜査担当の警察官がこの被疑事実を明らかにしなかったのは,これが明らかになることによって,その日時,場所等から関係者ないし情報提供者が容易に分かることになり,この種事犯に暴力団関係者が絡むことが多いことからも,情報提供者を保護する等のために,公になる形で被疑事実を明らかにすることを控えたものであることが認められ,右の点をとらえ,本件被疑事実について真剣に捜査を尽くし有罪判決を得ようとする意思がないなどとは言えない。なお,本件被疑事実の日時から捜索までの間には既に相当期間が経過しており,被疑者(被告人)が本件被疑事実に関係のある覚せい剤を所持するかどうかには疑問があるが,取引のメモ,電話番号の控え,手帳などを押収することにより,本件被疑事実が立証されることも考えられるから,日時の経過のみをもって,捜査担当者において,本件被疑事実について真剣に捜査を尽くす意思がなかったとは言えない。②次に,本件捜索差押許可状による捜索の際覚せい剤を発見しながら,捜索差押許可状による右捜索を打ち切り,被疑者(被告人)を現行犯人として逮捕するとともに,現行犯逮捕に伴う捜索に切り換えたのは,関係証拠によれば,被疑者(被告人)が当該覚せい剤は前日他から購入したものであると述べ,これを覆す資料もなく,また,他に捜索差押許可状に関連する物を発見することもできなかったからにすぎないことが認められ,決して本件被疑事実についての捜査を放棄したものではなく,現に,前記のとおり,被疑者(被告人)を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕した後も,被疑者(被告人)を立ち合わせて,捜索場所を被疑者(被告人)の居室とする捜索差押許可状による捜索を実施しており,また,被告人の司法警察員に対する供述調書によると,被告人から本件被疑事実の日時ころの覚せい剤の所持ないし使用についての供述を得ていることが認められ,本件被疑事実について具体的な捜査が行われた形跡がないとは言えず,ただ,その後の捜査においても本件被疑事実を裏付ける証拠が得られなかったため,結局,同被疑事実については立証するだけの捜査を遂げられなかったというものであり,当初から,警察官には真剣に捜査を尽くす意思がなかったとか,本件捜索差押許可状は,被疑者(被告人)の身柄を拘束した上,所持品を強制的に検査するための名目にすぎなかったなどと言い得るものでないことは明らかである。③また,関係証拠によれば,あらかじめ数名の警察官と自動車を配備し,外出した被疑者(被告人)と思われる女性を追尾し,捜索を実施するため被疑者(被告人)を自動車内に入れ,あらかじめ準備した覚せい剤の予試験のための試薬を用いて覚せい剤を確認したこと等,原判決が指摘するような事実があったことが認められるが,これらの事実は,捜索差押許可状による捜索としても当然予定ないし実施されるべきものであって,限度を越えるものであるとも,あるいはまた格別手際がよいものであるとも認められず,もとよりこれらの事実が,本件捜索差押許可状は被疑者(被告人)の所持品を強制的に検査するための単なる名目にすぎず,警察官において令状の被疑事実とは別の被疑事実での現行犯逮捕ないし令状によらない捜索差押をあらかじめ企図していたことを示すものであると言い得るものでないことも明らかである。
そうだとすれば,本件捜査の経過をもって,捜査に関与した警察官には捜索差押許可状の被疑事実について真剣に捜査を尽くし検察官に事件を送致して公判請求に持ち込もうとする意思がなかったとか,本件捜索差押許可状は,被疑者(被告人)の所持品を強制的に検査するための単なる名目にすぎず,警察官において,覚せい剤を発見したときは,被疑者(被告人)を令状の被疑事実とは別の覚せい剤所持の罪で現行犯逮捕し,右覚せい剤は現行犯逮捕に伴う令状によらない捜索差押によって押収するという処理をあらかじめ企図していたことは明白であるとかと言い得るものでないことは明らかであり,したがって,本件捜査手続に違法があると言い得ないことも明らかである。
しかるに,原判決は,前示のとおり,本件捜査手続には違法があり,その違法が極めて重大なものであるから,本件捜査手続によって得られた証拠はいずれも違法収集証拠としてその証拠能力を否定すべきものであるとし,結局本件公訴事実については犯罪の証明がないとして無罪の言渡しをしており,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があると言うべきである。